6年生の皆さん、卒業おめでとうございます。保護者の皆様におかれましても、お子様の小学校ご卒業おめでとうございます。そして、今日まで、東星学園の教育にご理解とご協力、お力添えをいただいたことに心より御礼申し上げます。どうもありがとうございました。学園役員、旧職員方等、ご来賓の皆様、本日は東星学園小学校の第90回卒業式にご臨席を賜り、誠にありがとうございます。
さて、6年生の皆さん、皆さん方が、ここ東星学園小学校で、一番多く口にした言葉は何だと思いますか。今日のような晴れの日にも、一昨年、昨年の記録的な夏の暑さの中でも、雨の日も、雪の日も、湯ノ丸高原への修学旅行のときも、富士緑の休暇村での夏期学校のときも、バザーの日にも、運動会でも、教室でも、6年前のコロナ下で実施された6月の入学式の日から、毎日、繰り返し、繰り返し、口にしていた言葉があります。それは、「父と子と聖霊のみ名によって」という言葉でしょう。朝の会と帰りの会で2回ずつ、一日に最低4回は唱え続けてきました。年間で学校に200回来るとすると、1年間で800回、6年間では4800回、「父と子と聖霊のみ名によって」と唱え続けてきました。
今日ここで、「父と子と聖霊のみ名によって」という言葉の意味を、解説する時間はありませんが、無限の方である神は、私たちの真(まこと)の父として子をこの世に遣わし、遣わされた子であるイエスは、自分を見た者は父を見たのであることを知らせ、自分が見えなくなった後も、別の弁護者である聖霊が与えられ、神の愛がいつも、いつまでも人々の中に、人々と共にあることを約束してくださいました。
「父と子と聖霊のみ名によって」という、私たちが毎日口に出してきたこの言葉は、まさに、こうした唯一の神の、父としての愛、救い主イエス・キリストの愛、聖霊による愛を信じ、神は愛そのものであり、愛の源は父と子と聖霊という交わりの中にあるもであるということを信じていますという信仰宣言です。
東星学園の中高に進級する人たちは、これからも引き続き、お祈りを唱えます。しかし、東星学園に来るのは今日が最後だという人たちにとっては、これから先、祈る機会は減るかもしれない。ずっと少なくなるかもしれない。しかし、「父と子と聖霊のみ名によって」という言葉を、きっと皆さんは思い出します。そのときには、どうか続けて祈ってください。「主の祈り」を唱えるのもいいでしょう。「アヴェ・マリア」の祈りもいいです。何を祈っていいかわからないときは、それらの祈りはとてもいいです。しかし、ときによっては、特別な祈りを、あるいは、具体的な願いを神様に聞いていただきたいときもあるでしょう。そのときは、どうか、皆さん、皆さんの正直な気持ちを神様に打ち明けるといいです。自分の思いを神様に打ち明けながら、神様の思いや、神様が私に願っていることにも耳を傾けてください。
その結果として、あなたの望むものがあなたに与えられるかどうかはわかりません。多くの場合、自分が願ったものとは違うものを、神はあなたに与えるかもしれません。しかし、それは、神が祈りを聞かなかったからでも、私たちを愛していなかったからでもありません。神は、そのときどきに、それぞれの人に、その人に必要な別々のものを与えてくださいます。神からの恵みは足りないことがありません。むしろあり余るほどの愛を神は私たちに下さいます。
私たちが、願いが聞き入れられなかったと思うのは、人間が、有限な存在で、そのときに与えられたものしか見ることができないからです。一方で神は、すべてをおつくりになった方ですから、時間そのものにしばられていません。過去も現在も、すべてが神には一気に見通せます。
私たち一人ひとりをよく知って、心に留めている神が、そのとき、その人に最もふさわしい賜物をくださっています。ですから、皆さんには、パウロという初代教会の指導者が言った語った次の聖書箇所を、餞の言葉として送ります。
気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人に対して忍耐強く接しなさい。だれも、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい。お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。(テサロニケ一、5章14節後半~18節)
2026年3月14日 東星学園小学校 校長 大矢正則