今日はおもしろい実験の話をひとつします。
ここでは、実験をしている人をAさんと呼び、実験をされている人を被験者と呼ぶことにします。
Aさんは、年恰好の似た人がそれぞれ映っている2枚の写真を被験者に見せ、どちらが好みの人物であるか、被験者に指さしてもらいます。そのあと、Aさんはいったん2枚の写真を隠します。少し時間をおいた後、3つの群に分けて次のような実験をします。
1つ目の群には、被験者に、その人が好みだと選んだ方のさきほどの写真を見せ、「この写真はあなたが好みだと選んだ方の写真です。どうしてこちらを選びましたか」と聞きます。すると被験者は、「こっちの人のほうがきれいだった」とか、「かっこよかったから」とか、「話しやすそうだったから」などと答えます。当然の答です。
2つ目の群には、被験者に、その人が選ばなかった写真、つまり好みではなかった写真を見せ、「この写真はあなたが選ばなかった方の写真です。どうしてこちらは選ばなかったのですか」と聞きます。すると被験者は、「もう1枚のほうがきれいだったから」とか「こちらはイマイチだから」とか「自分には合わないと思ったから」などと答えます。これも然るべき答えです。
さて、少し込み入っているのは、次の3つ目の群です。
3つ目の群では、被験者に、その人が選ばなかった写真、つまり好みではないと思った写真を見せ、「この写真はあなたが選んだ方の写真です。どうしてこちらを選びましたか」と聞きます。するとBさんは、「こっちの人のほうがきれいだった」とか、「かっこよかったから」とか、「話しやすそうだったから」などと応えます。
これを多数の被験者に実施しても、3つ目の群では、被験者たちは、ちょっと前に自分が選ばなかった写真を見せても、「この写真はあなたが選んだ方の写真です。どうしてこちらを選びましたか」と聞くと、何らかの良い理由を答えるのです。
さて、人間が騙されにくいなら、あるいは、脳(特に剥き出しの脳である眼)が機械のように(あるいは顔認証システムのように)機能しているのならば、選んでないほうの写真を見せた場合、「こちらを選んでいない」と気づくはずです。しかし、人間の脳はそうはできていないのです。「こちらを選んでいない」と答えるどころか、本来ならば選んでいないので存在しないはずの「選択理由」まで答えてしまうのです。
この事実が示していることは、人間とはかくも騙されやすいものだ、というだけに留まりません。人間は自分の中で矛盾を起こさないように、無意識のうちに「つじつまを合わせてしまう」癖があるのですね。
参考文献 横澤一彦『つじつまを合わせたがる脳』(岩波書店)
校長:大矢正則