東星学園の教育

「一人の子どもを育てるためには、一つの村が必要」

東星学園は児童養護施設として出発しました。それは80年以上も前のことです。創立者のフロジャク神父は、現在の東星学園を含む清瀬地区の広大な敷地を『ベトレヘムの園』と名づけ、そこに、結核患者さんのための一大療養コロニーを作る計画を立てました。実際に結核患者さんを療養させながら、牛、豚、鶏を飼育し、畜糞を肥料として作物を作るという事業を始めました。そして、そこで暮らす結核患者さんたちの子どもが生活する家として東星学園を創立したのです。

子どもたちはそこから公立の小学校に通っていたのですが、当時、結核は不治の病として、非常に恐れられ嫌われていた病気でしたから、その病気に罹患している親を持つ子どもたちもまた、謂れのない差別を受けていました。東星学園から4kmも離れた学校へ、やっとたどり着いても、排除され、まともに勉強をさせてもらえる居場所は必ずしも与えられなかったようです。

そのような子どもたちをみて、フロジャク神父は、東星学園を学校にする決心をします。児童養護施設であった東星学園創立から、わずか1年半後の1936年2月、東星学園は、東星尋常小学校という文部省(当時)認可の学校として新たな出発をすることになりました。

したがって、東星学園という学校は創立の当初から、社会的に弱者とされていた子どもたちのための学校であったのです。

戦後、医学の進歩に伴って結核は治る病気になりましたし、患者さんが差別されるようなことは少なくなりました。東星学園も結核患者さんの子どものための学校ではなくなりました。しかし、東星学園は前述の創立の精神を忘れていません。それは、弱い立場にある人と共に歩み、居場所つくる学校であるということです。

では、弱い立場にある人とは誰でしょうか。それは決まっているものではありません。人は誰でも弱い面を持っているものですし、また、実際に、ある日突然、弱い立場に置かれることも珍しいことではありません。そういった意味で、人は誰でも支援や助けを必要としているのです。誰もがお互いをかけがえのない存在として支えあい助け合う学校。東星学園はそういう学校であり続けるのです。

「一人の子どもを育てるためには、一つの村が必要」。アメリカ先住民の諺です。そうです。すべての子どもは援助を必要としており、必要としている援助は一人ひとり違います。そして、一人ひとりの違った援助ニーズに応えることが教育です。これからも「すべての子どもに質の高い教育を」保証するために、東星学園は滞ることなく刷新を続けます。

 

3つのC―――Class、Career guidance  and  Counseling

3つのC、すなわち、Class(=平常の授業および保育)、Career guidance(=生き方の案内)、Counseling(=行動の変容を促す関わり)をキーワードに東星学園の教育活動は展開されます。

■Class(クラス)

これは平常の授業の意味です。東星学園では平常の授業を最も大切にします。最大でも小学校は35名、中高は30名のクラス生徒数を保ち、少人数教育を実施しています。教師は児童・生徒との「対話のある授業」を心がけ、ここでも一人ひとりが大切にされます。授業は、教師と児童・生徒が互いに成長し合う場ですから、授業妨害はゆるされません。中高の場合、授業の開始時と終了時にアヴェ・マリアのチャイムが鳴り、沈黙と感謝のうちに授業が始まり、終了します。

■Career guidance(キャリアガイダンス)

キャリアガイダンス・プログラム(進路を含めた生き方の案内)に基づき、一人ひとりのカルテを作成しながらきめ細かな個別指導を展開します。進路適性検査・模擬テスト等により現在位置を確かめ、進路講演会・インターンシップなどにより進路意識を深め、神様に託されたミッション(使命)を見出すことができるように支援します。教師の中にガイダンス・カウンセラーの有資格者が複数名います。

■Counseling(カウンセリング)

一次的援助サービス(予防的カウンセリング)として、構成的グループエンカウンター、Q-U、ピア・サポート等が日常的に実施されています。また、急激な学力低下、登校しぶりなどが現れた子どもに対しては、担任・カウンセラー・養護教員・管理職等によるチーム援助が開始されます(二次的援助サービス)。さらに、緊急な個別対応(三次的援助サービス)が必要なケースにも迅速に対応できるよう、カウンセリングルームには専門性の高いカウンセラーを複数名配置しています。

【東星の想い---加勇田修士前校長のエッセイ】

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