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第50回東星学園高等学校卒業式 式辞全文 (校長:大矢正則)

2017/03/02(木) 14:42

卒業式に当たり、ご来賓の方々をはじめ保護者のみなさまのご列席を賜り、このように盛大に卒業式が挙行できますことを、厚くお礼申し上げます。ありがとうございます。

50期生のみなさん、卒業おめでとう。

ところで、皆さんが、小学校を卒業し中学校に入学したのは6年前、ちょうど震災の年、2011年でした。皆さんは小学校卒業の頃に、あの東日本大震災を経験したわけです。東星学園小学校出身の人の場合、その日は小学校卒業式当日であり、卒業式が終わった午後、地震の大きな揺れを体験したわけです。

したがって皆さんは震災後初めて中学校に入学した人たちということになります。中高時代の6年間が、震災後の6年間とちょうど重なった世代というわけです。震災直後、これからの日本はこれまでに経験したことのない時代に突入すると言われたものでした。経済は大きく後退し、世界中から援助される国になるのではないかと言われたりもしました。実際、震災直後は、物資の流通が滞ったり、計画停電が実施されたり、大きな余震が続いたり、本当に、不安な毎日が続きました。そんな中で皆さんは中学生活をスタートさせたわけです。中学に入ってすぐに予定されていた宿泊オリエンテーションも、まだ余震が心配されていたために取りやめになりました。あの年の夏は日本中、かなりの節電をしました。

あれから6年が経過しました。さて、今の日本はどうなっているでしょうか。もちろん震災のことを忘れてしまったとは言いません。恐怖の体験ですから、忘れた方が良いこともあります。しかし、今なお、廃炉への道筋の見当も付かない原発問題には、私たちはもっと真摯に取り組まなければならないのではないでしょうか。メルトダウンした福島第1原発で作り出された電力を使っていたのは、東京や埼玉に住むここにいる私たち自身なのですから。

5代前のローマ教皇ヨハネ23世が書かれた『地上の平和』という回勅には、人間が社会生活で追求すべき最も基本的な価値として、「真理」、「自由」、「正義」、「愛」の4つが挙げられています。卒業してゆく皆さんにもこの4つの価値を追求していっていただきたい。

「真理」。我々は何によって真理を知るのでしょうか。マスコミの報道に依ってでしょうか。インターネットの情報に依ってでしょうか。そのどちらもかなり疑わしいものであることは、皆さんも知っているはずです。今回の卒業面接で、皆さんの中のお一人が、面接の最後に、これで私からの質問はおしまいだけれど、あなたから言いたいことはありますかと問うと、「誰も見ていないところでがんばっている人、輝いている人がいることをもっと知らせてほしい」あるいは、「なぜ大人は本当のころを言わないのか」と言っている人もいました。この言葉を私もしっかり受けとめますが、同級生でもある皆さんにも是非共有したい言葉です。多すぎる情報や偏った報道によって大切なものがますます見えにくい時代です。しかし、見えにくいものを見るための方法を皆さんは東星で身につけています。それは沈黙です。6年間、3年間続けてきた沈黙の掃除を思いだし、時々、意識して沈黙の時間を持つことによって、目に見えない真理の世界を垣間見て下さい。真理は皆さんを招いているはずです。

次に「自由」とは何でしょうか。自由とは神様から人間に与えられたすばらしい賜の1つです。それは、他人に迷惑さえかけなければ何をしても構わないという程度のことではないことは高校生ならばおわかりでしょう。自由とは欲望を満たすことでもありません。実に、自由とは、神様から語りかけられる言葉に聴き従うことです。従うことが自由であるとは逆説的に聞えるかもしれませんが、この自由を行使することによってのみ、人間は自己中心的な思い・考えから解放されて、真に自由な人格者として生きることができるようになります。今、自己中心的な思いから解放されてと申し上げましたが、この自己中心的な考えほど他人から見て見苦しいものはありませんし、実は自己中心的な思いは自分をも苦しめるものです。最近の世界に目をやると、自分の地域だけが、あるいは、自分の国だけが潤えば良いと考える指導者たちが支持を得ていることに大きな不安を感じます。また、国内に目をやっても、自己中心的なものの考え方をする人たちが力を持ってしまっているということと、東日本大震災で未だに避難生活をしいられている人がいるということや、米軍基地の脅威から必死に自分たちの生活を守ろうとしている人々がいることなどとは、決して無関係であるとはいえないでしょう。皆さんの中には被災地ボランティアに行った人もいますね。そしてまた高校生の『キリスト教倫理』の特別授業では、沖縄の方からお話をうかがいました。どうか皆さんは、あなたと共に、また相手の方と共にいて下さる神様から語りかけられる言葉に耳を傾け、真の自由に生きる人となって下さい。あなたの自由を行使することで周りの人や、間接的に遠くにいる多くの人たちを幸せにできるのですから。

次に「正義」です。これは「愛」と無関係ではありません。「愛」と「正義」が対立関係にある価値として語られることがありますが、その場合、「愛」か「正義」のどちらかを、それが本物かどうかを検討する必要があります。むしろ、「正義」とは、具体的な状況の中で「愛」が実現してゆく形である—–岩波書店刊 直江清隆・越智貢編著『高校倫理からの哲学3 正義とは』(2012)所収の今井尚生『キリスト教的応報的正義』を参照(p.170)–—と理解した方がよいでしょう。震災から6年経ちましたが、この国では、「正義」が忘れられてしまったのではないかと考えてしまうことがあります。「正義」の最低限の条件は、安心した生活をはじめとする人権が守られることなのです。

最後に「愛」について。愛とは何か。一言で言えば、「大切にする」ということだと思うのですが、聖書には、「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」とヨハネ福音書に書かれています。つまり、これは自分を捨てて、相手を捨てないということになります。あなたの周りに捨てられている人はいないでしょうか。物理的にではなく、精神的に捨て去られている人はいないでしょうか。また、社会的に捨て去られている地域はないでしょうか。マザー・テレサは「愛は家庭から」と繰り返し教えられていました。家族の中にさみしい思いをしている人はいないでしょうか。

震災から6年経った今、ちょうどあなた方が中高生時代の6年間を終え、新たな出発のときに当たり、改めてこれらの4つの価値について考えてみましょう。

目に見えない真理と、神様の語りかけに従う自由と、人を大切にする愛と、その形である正義についてです。

ところで、真理、自由、正義、愛の価値については、実はあなた方は、この東星での15年間、12年間、6年間、3年間の間に、友人との関わりの中で、あるいは、部活を通して、あるいは、行事で1つのものをみんなで作り上げてゆくという体験を通して、たくさんの気づきがあったようです。卒業面接の際に、東星であなたが学んだことの中で一番大切だと思うことは何ですかという私の質問に対する答えとして、「他人を思いやること」、「友だちを大切にすること」、「みんなそれぞれそのままでいいんだということに気づいてこと」、「正しさや真実がここの学校では通用するということ」、「いたわりや共感する心です」など、素朴だけれども、すばらしい言葉を次々と聞かせていただきました。こうした答えを伺っていると、皆さんは仲間や先生方との関わりの中で、人から人へ伝わる目に見えないものの価値、すなわち、先ほどから述べている真理、自由、正義、愛というものの大切さにもう気づいているのだと思います。

東星は12年一貫教育を標榜している学校ですが、中学から入ってきても、高校から入ってきても、あるいは転入学で入ってきても、毎日の生活や行事を通して、互いにぶつかったり、我慢したり、謝ったり、折りあったり、泣いたり、時には学校に行かれなくなってしまったり。しかし、友だちと語り合い、歌いあい、競いあい、笑いあい、やがて、皆さんは互いにやさしさを分け合う、かけがえのない仲間となっていきました。

これからも、どうぞ、真理を追い求め、自由に従って神様と語り合い、愛されるよりも愛することを選び、愛の形である正義を実現する人として歩みを続けてください。皆さんがこれから歩む道は、順調なときもあるでしょう。孤独なものとなる日もあるかもしれません。しかし、どんなときでも必ず神様ご自身が、あなたの重荷を一緒に担って歩んでくださいます。

どうか、お元気でいらしてくださいね。

終わりに、保護者のみなさまにお祝い申し上げます。お子さまのご卒業、誠におめでとうございます。皆さまのあたたかいご支援とご理解があったからこそ、今日の卒業式を迎えることができました。本当にありがとうございました。

これをもちまして、私の式辞といたします。

 

2017年3月2日 東星学園高等学校 校長 大矢正則

※ 元原稿のため、実際の式辞とは一部異なります。

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